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汎純正律のつかいかた⓪

20250613

1. 汎純正律と音程空間の構造

1-1. 音律と次元

 音楽は「音の高さの関係」で成り立っている。そして音律とは、それら高さの関係を系統的に構成・定義するルールである。

$$
\def\arraystretch{1.5}
\begin{array}{|c|c|c|}\hline
音律 & 素因数基底 & 自由度と形状  \\ \hline
ピタゴラス& \{2,3\} & 2\mathrm{D}格子 \\
\hdashline
5\mathrm{-limit}純正律 & \{2,3,5\} & 3\mathrm{D}格子 \\
\hdashline
7\mathrm{-limit}純正律 & \{2,3,5,7\} & 4\mathrm{D}格子  \\
\hdashline
11\mathrm{-limit}純正律 & \{2,3,5,7,11\} & 5\mathrm{D}格子  \\
\hdashline
12平均律 & – ^{※1}& 1\mathrm{D}環状格子   \\ \hdashline
中全音律 & \{2,3,5\}\:(+\mathrm{temper}) & 1\mathrm{D}折り畳み  ^{※2}\\
\hdashline
\mathrm{JT\;Bohlen–Pierce}^{※3} & \{3,5,7\} &  3\mathrm{D}格子   \\ \hdashline
汎純正律 & \mathbb{P} & ∞次元格子^{※4}  \\
\hline
\end{array}
$$ ​​

※1: 12平均律は \({2^{1/12}}\) を唯一の生成元とし、整数比をすべて等分化しているため固有の素因数基底を持たない(が、アプローチは5-limit的)
※2: 2D格子を巻き取った1D sub-lattice
※3: Just Tuned Bohlen-Pierce (3, 5, 7 limit)
※4: \({\displaystyle \bigoplus_{p\in\mathbb{P}} \mathbb{Z}}\)

 ここで導入される汎純正律∞-limitな純正律構文の拡張であり、全ての有理数比を任意に、誤差なく、任意の実数比をε精度で近似できるほど稠密にして使用可能な原理上最も包摂的な音律である。

 以下、 Sequence Input による演奏はこれを想定する(各自で制作したものでも本質的支障はない)ものとし、操作方法も以下の通りである:

汎純正律シンセサイザー

(ただし、周波数計算の精度には限界がある)

1-2. 汎純正律の定義と構造

 汎純正律(Pan-Just Intonation, PJI または Ratio Tuning)に於いて、すべての音は直前の音との周波数比によって定義され、音高列 \({\{f_0, f_1, f_2, \ldots\}}\) は以下のように表される。

・\({f_0}\):初期音
・\({r_n}\):第 \(n\) 音から第 \(n+1\) 音への比率(演奏者または作曲者が逐次選択)
・\({\mathbb{Q}^{+}}\):正の有理数

特定の中心音(トニック)や固定音階を持たず、演奏開始点およびその後の比率の列に応じて音列が定まる。また使用される比は任意の正の有理数でよく、2:3 や 5:4、17:16 など、理論上すべて選択可能である。ここで絶対中心音を持たないため、既存純正律の演奏時にありがちな転調可能性の問題も解決している(臨時固定音 = 比率の基準をとりなおせばよい。ところでこの臨時基準の方法はシンセサイザーより圧倒的に 汎純正律 Audio Workstation のほうが実現しやすいが、シンセサイザーでも比率列の考慮によって臨時固定音の考え方が使用できる)。

に連続的に比をとるため、任意の2音間の周波数比は以下の式で表される:

$$
\mathrm{Interval}(i,j)=\frac{f_j}{f_i}=\prod_{k=i}^{j-1}r_k
$$​

 汎純正律は ∞-limitな純正律構文の拡張と見なせるが、当音律が目的としているのは単に「多くの音程を許す」ことだけではなく、従来の音律にみられるような固定音を廃し、比率とその系列自体を音楽の主体とするという構造的転換でもある。そういった意味では \({\displaystyle\lim_{n\to \infty} n\mathrm{-limit}}\) ではないとも言える。オクターブもこの音律内では特別目立ったものでなく、加算無限個ある比率の一つという扱いになる(が、比率が 完全一度 = 1/1 を除き最も単純という程度の個性はある)。

Sequence Inputに以下を入力してみよう:

msによる入力と拍による入力が可能

 以上のInputは \({f_0=490 \;\mathrm{Hz}}\) として、順に比率列 \({\mathbf{r}=\left\{\frac{3}{4}, \frac{11}{7}, \frac{10}{9}, \frac{3}{2}\right\} }\) に従った4音を生成するSequenceである。

$$
\def\arraystretch{1.5}
\begin{array}{|c|c|c|}\hline
比率 & 素因数 & 比率の調和名  \\ \hline
\frac{3}{4} & 2^{-2}\cdot 3 & \mathrm{(invert)\:perfect \:fourth} \\
\hdashline
\frac{11}{7} & 7^{-1}\cdot 11 & \mathrm{undecimal \:augmented \:fifth} \\
\hdashline
\frac{10}{9} & 2\cdot 3^{-2}\cdot 5 & \mathrm{minor\: whole \:tone}  \\
\hdashline
\frac{3}{2} & 2\cdot 3 & \mathrm{perfect \:fifth}  \\
\hline
\end{array}
$$


2. 汎純正律の旋律

2-1. 比率系的な旋律

 汎純正律では音高の絶対値・比率列の初期値は重要視されず、比率の重複で旋律が発生する。そのため旋律や和音の分析をするにあたって重要視されるのは構成音ではなく比率とその経路である。

この場合多くは絶対音高や調的中心をもたず、やや安定感のない(あるいは予測しにくい)旋律が発生させられることになる。比率を低limitに限定しても、響き自体は安定するが旋律はやはり気まぐれなものになる。その中でつかみどころのある”旋律的”な印象を与えるための技法として、繰り返しは依然有効な手立てであるといえるだろう。また2-2で後述するように、比率的でない、既存の音楽理論に近い調などを用いたアプローチも完全なかたちで利用可能である。

反復

周期内での比率の累積が1になるようにして、より完全なループを作ることもできる。

完全反復

繰り返しではないが、以下のような構成も乱雑な比率列より安定感のある旋律を持つ。

回文

連鎖

特に連鎖型の旋律は、2ステップ以上前の音から見た累積比も単純な数値になる為、安定した響きを得られると考えられる。

2-2. 既存純正律体系の包含

 また、事前に用意した比率プリセット中の比率だけで音高列を生成していくことによって、従来の音楽理論のスケール等を利用することもできる。たとえばピタゴラス音律であれば音律を構成する比率は一度を含めて13個存在しているので、その直積集合をとれば汎純正律内でピタゴラス音律を完全に実現するだけのプリセットが完成することになる。このような機能は汎純正律のうちの∞-limit的な機能である(比率主軸と対比して)。

$$
\mathbf{r}_{\mathrm{Pyt}}=\left\{\frac{1}{1}, \frac{4}{3},\frac{3}{2},\ldots,\frac{1024}{729}\right\}
$$

$$
\mathbf{r}_{\mathrm{PJI-Pyt}}=\mathbf{r}_{\mathrm{Pyt}}^2
$$

ピタゴラス音律のCメジャースケール

 もちろん美的追求のためにスケールが既存である必要は皆無である。


3. 汎純正律の和音

3-1. Order-kとn-limit

 便宜上、汎純正律の中の所定の部分を以下のように呼称することにする。

$$
\def\arraystretch{1.5}
\begin{array}{|c|c|c|c|c|}\hline
名称 & 素因数 & 例 & 体感   \\ \hline
\mathrm{Order-1} &  5\mathrm{-limit}以下純正比 & 1,\frac{5}{4},\frac{3}{2} & 安定   \\
\hdashline
\mathrm{Order-2} &  7〜11\mathrm{-limit}純正比 & \frac{7}{4},\frac{11}{8} & 曖昧, 浮遊感   \\
\hdashline
\mathrm{Order-3} &  13以上\mathrm{-limit}純正比 & \frac{13}{8},\frac{19}{17} & 金属的, 緊迫(?)\\
\hline
\end{array}
$$

比率は 低Order→高Order→低Order のかたちで配置すると機能的な緊張・弛緩が生まれる。

Order-1での和音例(Iメジャー)

11度堆積

perfect fifth, minimal tenth, quasi-meantone

3-2. コード進行

 和音を並べる際には、最低音を前回の和音と一致させながら上部比率を変化させると、属和音的な緊張と解決に近い効果を比較的得やすい。累積比も意識して動かすとより明確な方向感が生まれる。また最低音を一致させる方法には、再宣言と累積比を 1 に設定するやり方の二種類がある。

Order-1でのコード進行の例

高次テンションも利用したコード進行の例

 中低音域で 22:23 のような分子・分母が大きい近接比率を使用すると、構成音の周波数差が数 Hz 程度に収まることによる うなり が強く発生し、濁って聴こえる場合がある。特に意図的な効果を狙わない限り、低域では ±100 cent 以上離すかオクターブ処理するなどして回避した方が無難である。(ちなみにこの聴感的特徴は微分音コードあてゲームにも頻繁に利用できる。)

うなり


0.おまけ

円周率の格桁の比を周波数比にするやつの冒頭のフレーズ

(0が入ったら休符として扱うなどしましょう)