ミニ日記 罪(ざい)

20260712

 「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」「二十歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」に反するとして違法(illegal)行為の一瞬である二十歳未満の飲酒や喫煙は、もちろん本来の罪(sin)として存在している行為ではない。勝手に植物を採って適当に加工して適当に利用しただけでそれが悪とすることができるのであれば、その根拠として想像できるのは「植物を個人的理由で殺害してはならない」くらいになるだろう。そして僕はその意見を支持しない。絶滅傾向にあるわけでもないから。ただ健康にかなり悪く違法なだけだ。二十歳になったその瞬間にいきなり許されるようになることも踏まえればより道徳的な批判はしにくくなる。
「遵法意識が低い」くらいは理屈に則って言えるかもしれないが、その程度でしかない。
怯える意味もないので、ここであえて妙な人々が誤解しかねないシンプルなかたちで断言してやってもいい。

「二十歳未満の飲酒・喫煙は悪くない」

んで、つまりこれは「違法度は最低限の閾値を超えているが罪度は他の違法行為と比較して低い状態にある」と言い換えることができる。

(自明だが一応補足しておくと、違法化に反対しているわけではない。合理的に考えて制度上あったほうが良くそれを社会が合意しているのであればそれでよい。だからこれに関してはべつにそれでいい。場合によってはペナルティもあって当然。もしいくつかの行為に係る服役や罰金に対する批判などと読み取ってしまったのなら、僕の文章を読むことはあまりおすすめできない。)

 違法薬物の類いもそれ自体に限り二次影響を出さないのであれば罪度は低いだろう。まあ少なくとも現状では付随する環境がそれ以外の罪らしきものに卑近であるから単体でその結果を得るのは難しいんだろうが、違法薬物の使用それ自体について大した批判が可能であるとは思わない。
ただしこの行為の違法度は二十歳未満の飲酒・喫煙より比較的高い。

 道路交通法第22条は、「車両は、道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を、その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない。」としている。政令で定める最高速度というのは、道路交通法施行令第11条に於ける「自動車にあつては六十キロメートル毎時、原動機付自転車にあつては三十キロメートル毎時とする。」が明示するところだ。

 ただ現実はご存知のとおりである。空いている広い道なら一般道路で80km/hなんてごく自然なスピードだし、道路交通法の目的から考えれば、後ろが詰まっていて前が空いている通勤時間の一般道路で周囲の流れから外れて30km/hでトロトロ走ってる奴がいたら多くの場合その方が危険で、つまりより合法の罪らしい行為をしている。人によっては、ここで住宅街などでスピードを出すとかの話を1秒もしていないことに注意する必要があるかもしれない。
 法律が現実に則していないことにはいくつかの問題があるし、他の条文に触れる可能性もないことはないがそれには触れずにここで必要なことだけ抽出すると、むしろ状況によっては法に反するほうが罪性が低い場合も存在し得るということになる。まあ以上はあんまり使いやすいそれの例ではないけど。身近すぎるから具体的ケースが邪魔で抽象されにくい。本質部分を読み取ってね。

 もっと極端な事例もいくらでも存在する。つまり法律側に明らかな不足や過剰がある場合だ。
悪法と呼ばれるものはまさにその最たる例であって、形式上は法として成立していても、その内容が明らかに不当であれば、それに反することの罪性は低下する。法律そのものの側が罪に接近している状態と言ってもいい。

 逆に法的には問題にならない(なりにくい?)が多少は罪らしいこともいくらでもある。
あんまり良い例が今は思い浮かばないが、たとえば明確な嘘は言っていないが相手が誤解することを期待して黙っていることや、常に自分の利益を優先して他人の善意や遠慮を当然のものとして扱ったりするとか。これらが法律違反になることはほとんどないだろうが、一般にあんまり良くない行為ではあるだろう。多くの場合罪性は低い。
 なお、もちろん、それら行為の罪らしさが大きいことはそれを法律違反にすべきということを意味しない。

 当然、明らかに罪でかつ違法である事象とどちらでもない事象も存在する。前者は万引きや無差別殺人とかに代表されて、後者は自分の家で一回座るとか、逆に一回立ち上がってみるとか……たぶん非可算無限つほど存在する。
「『車の下に入るな』という表示がついている駐車場にある車を全て逆さまにしておき、かつその上に座る」とかはたぶん罪かつ違法だ。

 もっとも、完全に法と罪を分離できない例を挙げることは容易にできる。「一般的な交通状況に於いてすでに赤信号になっているのを確認した上でスピードを落とさずに進む」とかはそうだ。原理として目の前にある発光体が可視光のうち長波長の場合にその方向へ近づくのは悪であるなんてことはないが、道路交通のしくみは「赤信号のとき進んではいけない」というルールのもとで成立しているから、それに参加しているのにも拘らず妥当な理由なくルールを破るのは場を乱し迷惑になり危険なある種の罪悪だ。

 しかし同じ理屈で「社会に参画している時点で法律を受容しているのだから、あらゆる法的違反行為は罪である」とはいえない。(警察等以外の)迷惑にならない違法行為も存在するから。一部の悪法もそう。

 これはつまり既存の西洋的な法律以外のかたちとしてしかも前時代的でもない高度なペナルティや更生、倫理の管理体系が存在できなくないことを示唆してもいるが……それは現在の法体系より優れた、常識的で正当性があってたんなる印象に左右されず正しい事実に基づいた理不尽でないものとして実現され得るだろうか?現時点ではあまりイメージができない。
 制度として成立させるために特定の感情や民衆の発想はやはり切り離すべきだろうし、そうすると結局、罪性を直接評価する意味は社会的にはあんまりなさそうだ。
落としどころとしては現在の法律(それ自体の更新も含む)やそのまわりのしくみ(更生含む)は、かなり大雑把にみてやっぱり基本的に優れているみたい。

 よって、これ以上何かをよりよくするために現実的な手段は、法令をより妥当なかたちに変更し続ける、または一般社会の民衆(とマスメディア)による事象の解釈を改善する、つまり評価語彙を増やす、あたりになる。

 要するに、罪度と違法度を考えることから穏当な新しい社会システムの発想に繋げるのもちょっと難しそうだ。

 でもこの価値判断の方法は個人が個人を赦すためにはよく使えるので、使いたかったら使おうね。

 というわけでここまで話してきたことから導かれる一つの方向性は概ね頓挫したわけだが、まだ進める方向はあり得る。たとえば、法に価値判断を全て委ねる人間についての話とか。ここでもう一つ断言をしておこう。

「法は個人の信仰より下に置くべきだ。」

 ここまで話したように、道徳的評価と法的評価の間にある程度の傾向はあるにせよそれらは全く同一ではない。いうほど似てもいない。

 ここで法が広義の信仰、つまり価値の判断体系より上に来ている人間の欠点を悪法及󠄁び法律評価の理屈から批判することもできるが、今日重要にしたいのは本質の善性とそれを実現しようという心的挙動の話だ。

 法に従うべきであるという一点のみで法に従っているだけの在り方は、自分の価値観(いま自分のものであれば、それの他者による影響の程度は問題にならない)で法を犯していない在り方より評価できないのはもちろん、自分の価値観で法を犯している在り方よりも低い評価をされる。価値判断を他者に委ねていて、しかも委任先が価値判断を行う体系ではないのだから。違法行為自体の善悪の評価とは別の観点としてね。違法行為を推奨しているわけではないが、合法行為を推奨しているわけでもない。自分にとって正しいことが違法ならきっと運が悪かった。

 いま問題になっているのは法律に限ったことではなく大した検討もせず外部に委ねていることそのものであって、「法律がそう言うから従う」「宗教がそう言うから従う」「親がそう言うから従う」「周囲がそう言うから従う」は、判断の構造としては大体同じである。宗教が自分で作ったものなら少し別の評価が必要になるかもしれないけど。

 意識したある事象に関して、もしかすると自分の判断は間違っていたかもしれないが、何を正しいと考えるかについて、自分を最終的な判断者から除外しなかったのであれば行為について一定の評価を認めることができる。代替され得る(得る)という点もその理解を助けるように、法は原理ではなく評価対象だ。(また他者に委ねることを自分で決定することは、それ自体は自律行為の範疇だが、以降の判断そのものは最終的な判断者からは立ち退いているために支持されない。)

だから法は個人の信仰より下に置くべきだ。

 というより、人間は結局、そうする以外に自分の行為を「最低限でも」自分のものとして成立させる方法を持っていない、というだけのことかな。

 自分の価値体系はゼロからいきなり発生したわけではないにしろ、その範囲内で、最低限の自律と委任の区別は可能だ。それはたとえば最終決定権の改善性の程度などに代表されて、だからその改善思想自体すらすべて他者の影響で生み出されたものであっても委任とはほんの少しだけ異なる。そして雑に委任を選んでしまう状態があんまりよくない。それを選んでしまうことをゼロから決定したわけではなくとも、そこに責任がなくとも、その状態があんまりよくない。行為の評価っていうのは人間自体のことではないからね。ある側面からみて僕はそう言えた。だからそう言ってみた。

〜睡眠〜